ヒカルの卵 (森沢明夫/徳間書店)
「たまごかけご飯が食べたい」
多くの人がそう思うであろう、食欲をそそられる小説です。
最近、福島の郡山で訪れた居酒屋で、「那須御用卵のたまごかけご飯」を食べました。お店の人に言われた通りものすごく美味しかった。
そして数年前、1週間ほどの海外旅行から帰って来て、まず食べたのはたまごかけご飯でした。ご飯の時間でもなかったにも関わらず。
多くの人はたまごかけご飯が好きなのではないかと思うのです。でも「好物」に挙げる人はあまりいないですよね。でも、時々無性に食べたくなる。なんなのでしょう、この卵かけご飯というのは。
そんなたまごかけご飯の専門店を山奥にある限界集落の中に作っちゃうお話です。
作者の森沢明夫さんは、編集者、フリーライターを経て作家になった方。以前取材で訪れたたまごかけご飯のお店が忘れられず、いつか小説にしたいと温めてこられたのだとか。
養鶏場を営む主人公の「ムーさん」は、自分が手塩にかけた卵の味に自信がある。そして自分が作る米にも自信がある。だから、たまごかけご飯の専門店を始めるのです。
養鶏場を担保にお店を始めてしまうムーさんに対し、当然周りは大反対。そりゃあそうでしょう。だってそこは限界集落のさらに奥の山の中。でもムーさんはとってもポジティブ。「オレはついてるから」と臆することなく動き、挙句の果てには周囲の人を巻き込んでいってしまいます。
そんなムーさんの心の中には、子供の頃に父親に言われた言葉が残っています。
「いつだって雄鶏みてえに胸張って、顔を今より五度上に向けて歩けぇ。たったそんだけで、未来はきっといい方向にかわっからよぉ」
小説の最初から最後まで、とにかくムーさんは「いい人」に囲まれています。そして、この小説には「わるい人」は出て来ません。だから心が疲れてしまった時、優しい小説を読みたいと思った時。安心して読める本として手元に置いておきたい、と思いました。
物事こんなに上手くいかないよ、なんて無粋なことを言わずに読んでほしい。